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東芝は何故原子力で苦戦しているのか

東芝は何故原子力で苦戦しているのか

現時点 (2017年3月) 時点で、東芝の運命がどうなるのかは、まだ全く分からないままです。2005年に、アメリカの原子炉製造会社のウェスティングハウスを買収してから、原子力事業、またはほかの事業がうまく行かないことを隠すため、「不適切会計」と呼ばれる粉飾決算を繰り返し行い、結果大赤字が発覚。現時点では、原子力事業以外のほぼ全ての事業が売り払われて、会社が消滅するか、原子力発電に特化した会社になる可能性が高いという見解もあります。

では、なぜ東芝は原子力で苦戦しているのでしょうか。それを見るには、東芝と原子力の歴史をさかのぼって考えてみる必要があります。

東芝+東京電力で夢の電力を実現

東芝+東京電力で夢の電力を実現
東芝+東京電力で夢の電力を実現

現在でいうと原子力は「悪の象徴」のように言われることがありますが、戦後、1950年代には夢のエネルギーと呼ばれていました。当時の日本は水力発電と火力発電でしたが、水力発電はそもそも地理的に設置できる場所が限られており、新設余地が少ない、そして火力発電は発電のための膨大な量の石炭と石油を運び込む必要があるわけです。それに比べて原子力は、圧倒的に少ない量の燃料で済むわけですから、高度経済成長を迎え電力が足りなくなる日本においては、「何としても日本で原発を設立しなければ」という機運が高まりました。

日本で原子力発電所を稼働させるために、日本原子力発電(日本原電)といった国策会社が設立されたり、研究用の原子炉ができたりしましたが、大規模な原子力発電所は電力会社と原子炉を作る重電企業の役割となりました。当初は海外からの技術輸入・技術移転が必要でしたが、その後、三菱重工業(三菱重工)、日立製作所(日立)、そして東芝が、原子炉を作れる日本企業として育ちました。

東芝は、主に東京電力の原子力発電所の原子炉開発を中心となって行ったメーカーです。例えば、日本最大の原子力発電所である新潟県の柏崎刈羽発電所は、原子炉が7機ありますが、これは全て東芝製のものです。東芝と東京電力は、手と手を取り合って、原子力発電所の開発に邁進していきました。1970年代の二度のオイルショックは、「石油を使う火力発電所に依存すると電力が高騰する可能性があり危険」という日本政府の主張が裏付けられた事件であったため、「複数の発電方法をバランスよくミックスする(ベストミックス)」という名目のもと、日本中に原発が作られていきます。

チェルノブイリから「きれいな原子力」まで

チェルノブイリから「きれいな原子力」まで
チェルノブイリから「きれいな原子力」まで

原子力発電の歴史の大きな曲がり角となったのは、1986年に旧ソ連で行った「チェルノブイリ原子力発電所事故」です。チェルノブイリ周辺が立ち入り禁止になっただけでなく、ヨーロッパの広範囲に放射能をまき散らすという大惨事になりました。そして、日本においても反原発運動が盛んになりました。原子力発電所の新設、または既存の発電所の原子炉の増設を考えていた電力会社にとって大きな打撃になっただけでなく、東芝の原発ビジネスにも大きな打撃となりました。しかし、電力会社や原発メーカーは「ソ連と日本では発電方法も設計も違う」「安全性が高い」という主張を崩しませんでした。その後、チェルノブイリ事故から年数が経過すると、再びエネルギーのベストミックスが必要であり、原発を増やす政策が続けられます。

2005年から2008年には、原子力発電業界において、再びチャンスがやってきます。発展途上国で石油消費量が増えたため、石油相場が高騰しました。石油の99%以上を輸入に頼る日本は大きな打撃を受け、原子力発電の重要性が再び認識されることになりました。これに加えて、地球温暖化の原因となる温暖化ガスの発生量が少ない原子力発電所は「きれいなエネルギー」と呼ばれるようになります。東芝が、アメリカの原発メーカー、ウェスティングハウスの買収を決めたのも、ちょうどこの2005年になります。

東芝以外の日本の原発メーカー、そしてアメリカ・フランス・韓国などのメーカーや電力会社は、世界中に原発を売り込もうと懸命な営業活動を行っていました。ウェスティングハウスの買収は、販路の拡大、技術の囲い込み、アメリカ市場の拡大など複数の思惑が重なってなされましたが、当時は英断と評価されました。

3.11と「もう1件の買収」がとどめを刺す

3.11と「もう1件の買収」がとどめを刺す
3.11と「もう1件の買収」がとどめを刺す

しかしながら、東芝・ウェスティングハウス連合の原子炉販売は伸び悩みました。2008年のリーマンショック時に、景気が急速に悪化し、それにつれて原油価格も急落しました。原油価格が急落すると、原子力発電の売りである経済性のアピールが弱くなります。このころには、東芝内部では既に原子力ビジネスのぼろがでてきていた時期です。

そして、2011年の東日本大震災が原発ビジネスのとどめを刺したといってよいでしょう。日本での原子力発電所の新規設置ならび、既存の原子力発電所の原子炉増設はほぼ不可能になり、東芝は日本国内において、既存の原子力発電所のメンテナンス以外のビジネス、つまり新設・増設といったビジネスの伸びしろを失いました。3.11事故以後は、海外でも原発の新設が停滞したため、高値で購入したウェスティングハウスの買収は失敗したことが明らかでした。

焦った東芝は、アメリカの原子炉4基新規増設プロジェクトを円滑に進めるため、プロジェクトを直接手掛けているS&W社を買収します。そして、含み損、プロジェクトの遅延などをもろに被ってしまい、現在の惨状にいたるわけです。

ちなみに東芝の原子力発電に関する技術は、世界でも有数のものです。技術力は素晴らしいが、複合的な要因で原子力発電の需要が低迷していたところで、買収の失敗を挽回するために行った買収が致命傷になりました。もちろん、「チャレンジ」と呼ばれる会計上の不正も重要ですが、原発ビジネスがうまく行かなかった理由は、一企業ではコントロールできない要素が多すぎたから、と言えるかもしれません。

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